今年も師走

1 12月

桜の季節より、blogをupしていなかった。また、独り言を始めるか?     

オラは知らないがおそらく 戦前?に作られたものであろうJR九州(鹿児島本線)の鉄橋である。戦後、高度経済成長期には「金の卵」ともてはやされた中学卒業の若者や、主に農家の季節労務者(出稼ぎ)を乗せたブルートレインが関西、中部、関東へとひた走った。そして父が三井三池炭鉱への通勤(石炭採掘の仕事)に使った通車が渡った鉄橋である。師走のこの時期、集団就職で都会に出た息子や娘が親のために、出稼ぎの父が家族の喜ぶ顔を思い浮かべ買った土産を両手に下げ、足の踏み場も無い満員の長距離列車に17時間~20数時間身を揺られ帰省する。農閑期には出稼ぎに行った我が父も良く話していたが「指定席が取れなければ始発の新大阪駅から座席に座れず、列車の通路に新聞紙を敷いて座り・眠くなったら新聞紙の上で寝たと・・・・・ 」 父は急行あまくさ、あそ を利用していたのである。これは夕刻17時とか18時頃に出発し翌朝8時とか9時頃に玉名駅着だったと記憶している。

我が郷土においても大量輸送から高速輸送の時代の波が押し寄せ本年3月九州新幹線が開業した。今、在来線は2両連結した寂しい姿を川面に映す。古き良き時代、一級河川「菊池川」が貫く我が玉名の郷にも世界の人々に自慢できる古代遺跡、旧跡名所、歴史的建造物に文化財が多数存在する。この郷土の宝を大事に守り後世に伝えなけらばならない!(写真は向かって右側が博多、大阪、東京方面ののぼりである。)

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